期待以上の人生

「ぼくはずっとしあわせのはんたいがわにいた」
右足の親指でキーボードをひとつずつゆっくり打ち込み、機械の音声がそれを読み上げる。彼はそうやって会話する。彼は生まれた時から重い障害を持つ。車椅子でなら座っていることはできるが、自由に動くのは右足だけだ。もちろん言葉を発することはできない。
彼は絵描きだ。鹿児島県美術展に何度も入選した経歴を持つ。れっきとしたアーチストだなのだ。だが彼は「幸せの反対側」にいたのだ。「不幸だった」と言わないのは、献身的に支えてくれる家族がいたり、友人や作業所のなかまがいたからだ。
だけど世間の目は彼に対して厳しかった。「何もできない障害者」なのだ。社会で保護すべき存在なのだ。彼のことを知らない人は、彼が絵描きだと聞いてにわかには信じない。だが彼はれっきとしたアーティストなのだ。創作だけではない。絵を仕事としている。

彼が通っていた授産施設ワークプラザ麦の芽では、コーヒー豆の焙煎からパックまでをしているが、彼の絵はその商品のラベルとなっている。それはほんの1例で、彼の絵はさまざまな本の挿絵になったり表紙を飾ったりしている。彼は期待された以上の人生を送っている。
ワークプラザ麦の芽に通っているなかまたちはすべてそうだ。自分のできることを、自分のペースで、仕事にしている。それは授産施設の作業収入となり彼らの給料となる。人は「たかがしれた金額でしょ」と言うかもしれない。経済を基準にして考えるとそうなるだろう。しかし、彼らにとって大切なのは仕事をしている、働いているということなのだ。仕事なんかできるはずがない、働けるはずがないと言われ続けてきた彼らだから。
麦の芽のなかまたちは、一人ひとりが仕事を通して社会に参加している。一人ひとりが期待以上の人生を送っているのだ。