小さな風景の小さな物語

日曜日の朝だった。抜けるような青空だった。こんな日は何かいい風景に出会えそうだ。カメラをぶら下げて散歩に出た。
目の前を親子が歩いている。男の子は2歳くらいだろうか。頼りない足取りだが、父親をリードするかのように前に進む。理由はなかったが後をついていくことにした。大きな通りを渡ったところで、何かにつまずいたのだろうか、男の子がパタっと転んだ。思わずシャッターを切った。男の子はうつ伏せに転んだまま両の掌を顔に当ててじっとしていた。泣き出すのじゃないだろうかとファインダー越しにハラハラしていたが、父親が手を差し伸べるとすくっと立ち上がった。そうして自分でズボンの膝小僧あたりをパタパタとはたき、また元気に歩きはじめた。ふと短い物語が思い浮かんだ。

日曜日の朝、父さんと二人で出かけた。父さんがお城御門を見に行こうって誘ってくれたんだ。お家からお城までは、ぼくの足でもそう遠くはない。大きな通りを二つ越えたあたりだ。でも、頑張って歩かないとダメだけどね。
ひとつ目の通りを越えたところで、よそ見して歩いていてなにかにつまずいてこけちゃった。泣きたいくらい痛かったけど熱い塊が喉を塞いで声も出なかった。その時父さんがしゃがみ込んで「ほら」とぼくの手を取ってくれた。
前に母さんと出かけて転んだ時、母さんは「気をつけなさいって言ったでしょ!」とまるで叱るように言った。それを聞いて、泣きたくなかったのに泣いちゃった。今日の方がずっと痛かったのに、泣かなかったし、笑って立ち上がれた。
母さんはいま、ぼくの弟か妹を産みにおばあちゃんのところにいっている。ぼくは弟がいいなと思っているんだけど、父さんはどちらでもいいって言っている。でもぼくは弟がいいんだ。
母さんといっしょに弟が帰ってきたら、そうしてぼくの目の前で転んだら、今日の父さんみたいにそっと手を取ってやろう。「ほら」って。

そんな物語が見える風景だった。
どんなに小さくても誰もが心の中に、自分だけの物語を持っている。どんな小さな風景の中にも物語はある。
そんなことを思った。

“小さな風景の小さな物語” への2件の返信

  1. 清哲さんの、この心の目線が、たまりません。ファンの心を掴み取る因は、これなんだろうなと思いました。

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