日曜日が待ち遠しくなるバー

日曜日の夜、まちを彷徨う。
日曜日は、天文館も JR 中央駅周辺も、酒飲みにとってはさみしいまちになのだ。ほとんどの店が日曜定休なのだ。観光立県を目指しているという割にはお粗末だな。観光客は困るだろうな、などと愚痴ってみても仕方ない。なんとか開いている店を見つけて潜り込まなくては……。
晩飯は馴染みの大衆食堂、みどりや食堂に落ち着く。と言っても飯を食うわけではない、お菜をいくつか頼み、ビール、焼酎へと進むのだ。問題はこの後だ。いつまでも腰を据えるわけには行かない。さてどこへ行こうか……。
ふと古い店を思い出す。以前、某新聞記者氏と行った店だ。たしかあの店なら日曜日も開いているはずだ。その新聞記者氏がぼくが運営していた BLOG 「天文館酒場巡礼」に書いた文章を思い出した。10年前の文章だ。

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「ひさごてい」と読む。
ナポリ通り沿いにある県医師会館の横筋を入ると、すぐ現れる。隣のビルに寄生したような、小屋みたいな平屋建て。店主の酒匂大志さんに言わせると「取って付けたような」店だ。
もともとここは、駐車場だったらしい。建物ができて何軒か店が入れ替わった。「私の店になってやっと落ち着いたみたい」と酒匂さん。平成6年1月にオープンしたというから、もうすぐ丸11年になる。
店の前には1本の木が茂る。ちょっとおしゃれなアプローチだ。ドアを開けて入ると、奥に長いL字型のカウンターが迎える。8席あり、突き当たりがトイレ。これだけの店かと思ったら間違い。調理場の奥に1畳半ほどの座敷があり、詰めれば4人座れる。知る人ぞ知る隠れ部屋である。
マスター自己流の料理が出るのが特徴。「腹は空いてる?」の問いかけに「うん」とか「はい」と答えると、勝手に次々料理が出てくる。小鉢、前菜、炒め物、めん、乾き物の5品が基本。めんはパスタだったり、そばだったり。「要するに、ある物で作る。昼テレビで見た料理を夜出すこともあります」と酒匂さんは明かす。(以上引用)
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ほろ酔い加減で訪ねてみると、佇まいはそのままに、ちゃんと営業していた。
玄関脇の木は、ずいぶん大きくなったようだ。逆に店の存在を示す「瓢亭」のプレートは、その主張をギリギリまで控えめに抑えていた。
アイビーに覆われた窓越しに中を覗くと、若い男性が出てきて
「ここはバーですけど……」
と言う。ええ、バーを目指してきたんです、と嬉々として店に入る。
彼は、一目見てそうだとわかったがマスターの息子の邦大さんだった。
マスターの姿はなかったが、
「父は早い時間店に出ています」
ということだった。その笑顔はマスターによく似ていた。
BGM は ジャズやロックが控えめに流れている。カウンターの隅にたくさんのCDが並ぶ。それを見ただけで音楽が好きな人の店だとわかる。
小体な店だが掃除、整理が行き届き、実に居心地がいい。

いまでも昔のように料理が出てくるのかどうかはわからない。
ただ、コンロにはカレーの鍋がかけられ、食欲をそそる香りを放っていた。
ビールは缶ビール、焼酎もウイスキーいろいろもある。
静かな落ち着いた店内だが、午前零時を回ると外国人の客など常連でにぎやかになるという。それではにぎやかになる前にと、バーボンのソーダ割りを2杯、時間をかけてゆっくり飲んだ。
店を出てふり返ると、玄関を照らす裸電球がとても温かく見えた。
日曜日になると、あの小さなカウンターが懐かしくなるかもな。いや、日曜日が待ち遠しくなるかもなと思いつつ、その場を後にした。

瓢亭(ひさごてい)
住所:鹿児島市中央町7の3 【地図】
電話番号:099(258)5907
営業時間:午後6時から午前3時まで
休日:無休

焼き鳥と焼酎と、時々人生の話。

朝、遅い時間に目がさめた。いい天気だった。
朝飯か昼飯かわからないような食事をすませ、昨夜はちょっと飲みすぎたかななどと軽くつぶやきながら仕事に向かう。原稿用紙を1枚取り出したところで、なぜだろう焼き鳥のことが気になりだした。どれ、今夜は焼き鳥にするかななどと独り言ちる。そうして仕事に取りかかり、時々焼き鳥のことを思うのだ。
そんなことじゃあ仕事が捗らないのじゃないかと、心配してくれる人もいるかもしれない。が、これはぼくにとって決して悪いことではないのだ。陽が落ちると早々に飛び込む店を決め、それまでに仕事を片付けようとけっこう集中できるのだ。そうしてその日の予定が佳境に入った頃、店に予約の電話を入れる。今夜は東千石町の鳥人(とりんちゅう)にしよう。すうっとカウンターが思い浮かんだ。

鹿児島ではほとんどの居酒屋で焼き鳥、串焼は食べられるが、ここのところ串焼きなら西駅豚太郎まで足を運ぶし、焼き鳥ならこの鳥人と決めている。もちろん、他にもうまい店はたくさんある。だが、難しい理由などないが、そうなるのだ。強いてあげるとすれば、大将の人柄と店の雰囲気だろうか。ま、居心地がいいということなんだろうなあ。
殊に鳥人の大将、幸野博司さんはいい。過剰な愛想はない。難しい顔をして焼き台の前に立ち、串を焼き続けるのだ。他所の店でありがちな常連客とのおしゃべりなどもない。ただ黙々と焼き続けるのだ。
だが、長く通っていると、暇な時などたまに話になることがある。そういうわずかな会話を積み重ねると、自然に大将の人生が見えてくる。今夜も少々暇だったせいか、二言三言言葉を交わした。そうしてわかったことがある。年季の入った熟練した仕事ぶりに、ぼくよりはるかに年上だと思い込んでいたが、実ははるかに年下だった。
若い頃東京に出て、芸能界に身を置いた。クールスの付き人をしたり、さだまさしのツアードライバーをしたりして、その後飲食業に転身し焼き鳥の有名店で修業をしたという。鹿児島に戻り、飲食店勤務を経て、自分の店を持った。最初の店は東千石町七味小路のビルの2階だった。そうして今の店に移った。
昔の店も今の店もよく混む店で、何度か入れずに肩を落として引き返したこともある。俗にいう人気店なのだ。

最近は、焼き鳥、串焼きまで蘊蓄をひけらかしながら飯を食う輩が多いが、この店ではそんなもの一切通じない。大将は黙々と焼き、客はそれを黙々と食べる。
この店の魅力を「鮮度の良い鶏と、大将の素材へのこだわりだ」と評した客がいた。だが、大将からそんなふうなことを聞いた記憶はない。その客が勝手に思い込んでいるのだろう。
「こだわりは人に押し付けるものではないだろう」
大将ならきっとそう言って笑うだろう。そうしてただ黙々と焼き続けるのだ。
ただひとつ店内にはこんな張り紙がある。
「焼き鳥の皮と焼きおにぎりは早めに注文してください。焼くのに少々時間がかかります」
とくにこの店の皮は時間がかかる。細切れの皮を串に刺すのではなく、細長く切った皮を幾重にも巻いてあるのだ。それを中までカリカリになるくらい、時間をかけてじっくり焼く。焼く前はフランクフルトくらいの太さだが、焼き上がりはウインナーほどに縮む。もちろん塩焼きだ。ぼくはこれに七味をたっぷりかけまわして、酒のあてにする。酒といっても、もちろん焼酎だが。

さて、今夜は焼き鳥だなどと意気込んでやっては来ても、この歳になるとそうたくさんは食べられるわけでもない。
レバー、砂ずり、ヤゲン、ぼんじり、つくね、最後に皮。1本ずつ、ゆっくり焼いてもらう。それでもう一杯いっぱいだ。野菜の串はいらない。お通しの大根おろしとキャベツで十分なのだ。あわせて焼酎を2合。そして時折人生の話を少々。
その人生の話のせいだろう、この店にくると、決まってピカソの最期の言葉を思い出す。

Drink to me, drink to my health.
You know I can’t drink anymore.

私のために、私の健康のために飲んでくれ。
知ってるだろう、私はもう飲めないんだ

そのせいかどうか、この店では飲みすぎることはない。
そうしていつも、大将の仕事ぶりに感心して店を出るのだ。
焼き鳥と焼酎と、時々人生の話。いい夜だった。

自分のリズムでぼちぼちと


一歩足を踏み入れると、そこは絵本に出てきそうな小さな世界だった。
小さなテーブルに小さなイス。
「おからパン工房 小さな bakery」
ほんとうに小さなパン工場だった。看板通り「工房」というのが正しいのだろう。jr 霧島神宮駅前の、小さな通りに面した小さな店構え。もともとカウンターだけの居酒屋かバーだったのだろう。カウンターをそのまま販売台にして、カウンターの向こうを工房にして。何もかもが小さいのだ。
自宅のキッチンをそのまま持ってきた感じの設いは、最近あちこちで見かけるおしゃれなベーカリーとはひと味もふた味も違う。


すべてのパン生地に”おから”を練りこんで焼き上げているという。そのせいかパン生地はモチモチしている。それでいてふわっと。いやはやなんとも個性的な食感だ。おからの栄養価もパネルアップされていた。

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「おから」は栄養価が高く低カロリー!! ビタミンB1が豊富でカルシュウム、タンパク質、食物繊維が多く、ダイエットや成人病予防に効果があるのです。
脂肪代謝や脳の活性化に働くレシチン
老化や生活習慣予防に働くサポニン
骨粗しょう症、乳がん等に効くイソフラボン等の大豆由来の栄養成分が多く含まれています。

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添加物使わず、糖分、塩分、油分も控えめにしているとか。そういったことがすべてつまった食感なのかもしれない。


写真がないのが残念だが、焼いているのは可憐な女性。すべての作業をほぼ何もかもひとりでこなしているという。それだけこだわりが強いということなんだろうな。
営業も売り切れ次第終了というのがまた、自分のリズムを守りながらぼちぼちやってますって感じで、ぼくには好印象だった。


小さなイスに腰掛け、窓から通りをながめながらコーヒーを飲んだ。
時折車が行き来し、買い物カートを後ろ手に引くおばあさんが通り過ぎる。小さな世界だけど、そこからすべてが見えているような気がした。

●おからパン工房
〒899-4203
霧島市霧島大窪473-7
TEL&FAX:0995-57-2002
営業時間:11:00〜売り切れ次第終了
定休日:月曜日

日本は広い、ましてや世界は…….。

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急速冷凍した鰹の白子
世の中に美食家、グルメを自認する人は多い。そういう人たちは、決まってあの店のこれがうまい、あれを食べるならこの店だ、にはじまって、箸の扱い、器の持ち方から、酒の飲み方に到るまで、実に様々な蘊蓄を並び立てる。でもその大半が、どうでもいいような話で、よくよく聞いてみるといかに金を遣っているか、いかに有名な店で飯を食っているかという自慢話に集約できるのだ。
どうせ自慢するなら、いかに風変わりなものを食ったかとか、いかにうまくタダ酒を飲んだかとか、そんな話を聞きたいものだ。
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生姜煮
で、今日のぼくの話は鰹の白子。
白子と言えば、主に魚の精巣のことだが、今までタラ、アンコウ、フグ、シャケ、イカのそれは口にしたことがあった。この中ではイカというのが割と珍しいか……。鰹の白子は口にしたことはもちろん、見たことすらなかった。
ところが先日、ちょっとまとまった量をいただいた。上質の鰹を捌いて取り出した白子を急速に冷凍したもの。鰹自体も上質のもので、当然白子も上質だということだった。
さて、どうするか……。自分で料理するのもいいかと思ったが、せっかくだからちゃんと料理人の手に委ねてと、顔なじみの店に持ち込んだ。
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塩焼き・タレ焼き
大将は物を見るなり「これはいいものですね」と感心しきりで、早速料理にとりかかってくれた。解凍して下拵えをする間も手を動かしながら、「これはいいですよ」と。
時間をたっぷりかけて、生姜煮にはじまり、塩焼き、タレ焼き、ポン酢、天ぷらと楽しませていただいた。
思ったほど臭みもなく淡白な味。しかしどこか芳醇だ。喉を通ったあと、仄かに海を感じさせる香りが鼻に抜ける。経験したことのない味わいだった。
しっかりしているので、煮ても、焼いても、天ぷらにしても、形崩れもしない。はじめてだったが癖になりそうな味と香りと食感だった。これはいける。
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ポン酢
が、残念ながら、流通に乗ることはほとんどない。鰹の本場、枕崎の居酒屋で品書きに載るのはも珍しいそうだ。
グルメや美食家を気取ってみても、未知の食材、味はたくさんあるということだ。
味は世界観だ。うまいものからまずいものまで、よくあるものから珍しいものまで、いろんなものを食べれば食べるほど世界観はひろがるのだ。
日本は広い、ましてや世界は…….。
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天ぷら

自分自身の心を温めてくれるドラマなのだ

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「面影ってどんな意味だっけ?」
焼酎のグラスを空けようとしたとき、不意に隣の酔客女子にたずねられた。答えようとして、言葉に詰まった。正確な答えを持ち合わせていなかったのだ。割とよく使う言葉なのに、その意味を正確に説明することができない。言葉を生業にしているくせに、俺もけっこういい加減なものだ。つらつらと考えてみるに、記憶によって心に思い浮かべる顔や姿や、あるものを思い起こさせる顔つき、様子などと説明すればいいだろうか。あるいは、実際には存在しないのに見えるように思えるもの。これはどちらかと言えば、まぼろしとか幻影か……。すると酔客女子が言った。
「意味はよくわからないけれど、なんだかドラマを感じるわね。ねえ、あけみちゃん」
声をかけられたママは、カウンターの向こうで照れ臭そうに笑った。
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ここは京都。七条通りに洞窟のように入り口を開けるリド飲食街の一番奥、面影というスタンドバー。とは言え、裏通りに面した入り口の店でもある。観光客の集客を目論んだおしゃれな店構えを敬遠し、地元の飲み手が集まる店を求めてふらついていた。小さな飲み屋、バーが集まる飲食街があることは昔から知っていたが、京都にいる頃は足を踏み入れたことはなかった。
ものは試しだと入ってみた。建物の真ん中を通した30メートルほどの小さな通路、いや路地の両側に10軒ばかりのカウンターだけの飲食店が肩を並べている。どこに入ろうかと路地を数回往復したが、なかなか決めきれなかった。他所にしようかな……、そう思った時だ。ガラス戸の向こうに見えるカウンターに、”赤霧島”のボトルがきれいに並べられていた。京都まできて焼酎でもないかとは思ったが、その時はもうガラス戸を引いていた。それがこの店、面影との出会いだった。
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それから京都に帰るたびにのぞくようになった。
まず、つまみがいい。ママ、あけみちゃんの手料理がゆっくり出される。お腹が減っていたらそれなりに、減っていなければ酒がうまいように、量とタイミングを見計らって、出されるのだが、それがどれもうまいのだ。煮物、和え物、焼き物、乾き物……。隣の酔客女子によると、「手抜きがないのよ。ちゃんとしてる」ということになるが、これは客の誰もがうなずくところだ。
次に、清潔だ。掃除が行き届いている。いつもきれいにしているねとママに言うと、「小さな狭い店だからね、掃除も簡単なのよ」と笑った。
そして客がいい。カウンターは6人も座れば身動きが取れなくなる。客はみんなスペースを譲り合い、慎ましく、楽しく飲む。常連はおじさんばかりではない。近くの病院の看護師さんや、若いサラリーマン、旅行者、外国人観光客など様々だが、袖すり合うとはこのことだろう。帰りがけには誰もが、言葉の上だけかもしれないが昔からの知り合いのように再会を約す。それもすべてママ、あけみちゃんの客あしらいのなせる技かもしれない。
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赤霧島が並ぶ理由をたずねると、あけみちゃんは鹿児島の出身だと言う。さらに聞けば、JR隼人駅前の喫茶店”停車場”のオーナーとは古くからの知り合いだとか。その喫茶店なら何度か入ったことがあった。おたがい俄然親しみがわく。
面影の一番の常連は工務店の社長で鹿児島出身だという。
「京都に出てきてから50年になる。今じゃあ面影が故郷みたいなもんだ」
社長は笑う。言葉には鹿児島弁のイントネーションが微かに残る。確かに、と思った。京都の空の下で焼酎を飲む。なんとなく鹿児島の風景がひろがる。心に思い浮かべる故郷。まさに面影、だな。
「ここが故郷だ」
社長はカラオケで鹿児島の歌をうたい、何度もそう繰り返した。
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ママ、あけみちゃんが何を思って面影という名前を選んだか、それはわからないし聞こうとも思わない。時には懐かしい故郷の人々や風景を思い浮かべてのことかもしれない。昔愛しあった人を思い浮かべてのことかもしれない……。しかしそれがどうであれ面影という名は、酔客女子が言うようにそれだけでドラマを感じさせてくれる。それは人に語り聞かせるよりも、ずっと心にしまいこんで、何かの拍子に自分自身の心を温めてくれるドラマなのだ。
面影という言葉に触れて、あなたなら何を思うだろうか。
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「お姉さんに頼まれたって伝えてよ!」

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枕崎に出張ってて、お昼の休憩にと台場公園に出かけてみた。ここからの太平洋の眺めが好きで、時間ができると海を見ながらぼうっとする。晴れた日には開聞岳はもちろん、遠く日本本土最南端の佐多岬、さらには三島の島々がきれいに見えるんだ。時間がゆっくり流れているようで、とても心地いい。
今日も最高のお天気だった。雲ひとつない青空だ。駐車場に車を駐めてようとした時、ちらっと海が見えた。
「おや?」
普段は見えない島影が見えたんだ。まさかと思いながら車を降り、海岸縁の遊歩道に出た。すると、見覚えのある竹島、硫黄島、黒島という三島の島々の向こうに、一際大きな島影があった。屋久島だ。しかも宮之浦岳の頂上まで雲ひとつかからない完璧な姿だった。種子島からでもなかなかこうは見えない。うれしくなって延々とシャッターを切り続けた。
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シャッターを切り続けていると、1人のおばさんが近づいてきた。
「枕崎に40年いるけど、屋久島があんなにきれいに見えたのははじめてだ」
「そうですか。ぼくはたまにしかこないのでラッキーですね」
「だね。お兄さん写真撮る人? あたし撮ってくれない。屋久島を入れて」
「いいですよ。でも、屋久島がお好きなんですね」
「生まれが屋久島なのよ……」
うれしそうにそういうと突然激しく咳き込んだ。
「大丈夫ですか。屋久島があんまりきれいに見えたんで、興奮しちゃった?」
「いやあ、喘息持ちなのよ……」
彼女は歪んだ笑顔で言った。そうして咳が収まるのを背中を撫でながら待った。
「ごめんね、お兄さん……」
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そこへもう1人おばさんが現れた。2人は顔見知りだった。お互いに軽く挨拶を交わし、世間話のようにお天気のこと、屋久島のこと、三島のことなどを語りあった。
屋久島のことになった時、写真を撮ってくれというおばさんは、故郷のことだからだろう。熱心に熱心に語った。
「あそこが一湊。あっちは昔下屋久って言ったんだ。真ん中のいちばん尖ったのが宮之浦岳。2千メーター近くあるんだよ……」
「さすがに詳しいわよねえ。故郷だから」
「だよねえ。故郷だからね」
「ちょくちょく帰ってるの?」
「いいや、40年、一度も帰ってないよ。こんなに近く見えると泳いで行けそうなんだけどね」
おばさんは少しだけさみしそうな表情になった。

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ようやく撮った写真には苦しそうな表情はなかった。
別れ際おばさんは写真が欲しいと言った。
どうやってて渡したらいいかたずねると、
「すぐそこに馴染みのラーメン屋があるので今度来た時にそこに預けて。いつでもいいからさ」
名前をたずねた。
「わかりました。じゃあ次に来た時に必ずそのラーメン屋さんに預けるから。U のおばさんに渡してって言ったらいいね」
「それじゃあわからないよ」
「じゃあ、どう言ったら……」
「決まってるだろ、U のお姉さんに頼まれたって伝えてよ!」
屋久島もぼくらの会話を笑って眺めていたかもしれないな。
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聖者のごとき野良猫たち RAKAN

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今年、野良猫の肖像ばかり集めた「RAKAN」という写真展を計画している。
こんな話をすると、岩合さんのパクリかとよく言われる。かもしれないが、ぼくはまったく違う別の意図を持って野良猫を撮り続けてきた。野良猫に、可愛らしさや、親しみ、同情など、微塵も感じていない。野良猫はぼくにとって単なる猫ではなく、もっと神々しい存在なのだ。仏教において、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者のことを「羅漢」という。喜怒哀楽を超越し、生への執着もなくただひたすら生きる。そんな存在なのだと理解している。野良猫たちはぼくにとってはそんな存在なのだ。彼らの姿には、ぼくら人間がとっくに忘れてしまった、ただひたすら生きるということの意味を教えてくれているような気がする。
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1937年発表の初期ジャック・ラカンを代表する発達論的観点からの理論によると、幼児は自分の身体を統一体と捉えられないという。だから、成長して鏡を見ることによって、もしくは自分の姿を他者の鏡像として見ることによって自分の身体が統一体であることに気づくというのだ。一般的に、生後6カ月から18カ月の間に、幼児はこの過程を経るとされる。
自己の身体的統一性を獲得できていないのは、神経系が未発達な幼児だけだろうか。自分が一個の身体であるという自覚がない、寸断された身体のイメージの中に生きているのは大人もまさにその通りだと思わざるをえない。だから一国の指導者が恐ろしいほどの幼児性を爆発させたり、仮装と現実の区別がつかなくなったりしているのではないか。自分を中心に置いたときの感覚的な気持ち良さですべてを決めるのだ。
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人間というものは、それ自体まずは空虚なベース(エス)そのものであり、一方、自我とは、その上に覆い被さり、その空虚さ・無根拠性を覆い隠す想像的なものである。自らの無根拠や無能力に目を瞑っていられるこの想像的段階に安住することは、もはや幼児にとってのみ快いことでなく大人もそうなのだと思わざるをえない。
だが、野良猫たちは、想像によって自己を包み隠すこともなく、その小さな身体に生きる力を充満させ、その力によって自己を確立している。
ぼくは、この仏教的存在としての「羅漢」と、ラカン(Lacan)の発達論的観点に立ち自己確立された彼らを、「RAKAN」とよび追い続けている。
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「おじさん天国ということやね。おばさんも多いけど」

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京都を離れて20年がたった。
最近では、京都に「帰る」と言えばいいのか、「行く」と言えばいいのか、迷うことも少なくない。鹿児島にいても、京都にいても、なんとなく余所者のようで、尻の座りが悪くて仕方ない。まあ、エトランジェとか異邦人とか言ってしまうとカッコウがいいが、そんな柄ではない。
そんなぼくが京都にいると必ず覗きたくなる店が何軒かある。木屋町蛸薬師のたこ入道はその筆頭だ。2泊すれば2晩、3泊すれば3晩、そう京都にいる限りほぼ毎晩覗くのだ。お約束の店なのだ。
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この店は、ぼくが酒を飲みはじめた頃にはすでにあった。20歳から飲みはじめたとして、少なくとも42年は続いているということだ。ぼくが通いだすようになってからは30年余りがたった。その頃すでにドラちゃんはカウンターの中に立っていたし、ママも、ずいぶん若かった……、ような気がする。でもその頃からドラちゃんがアメフトのジャージを着ていたかどうかは定かではないが、今よりももう少しふっくらしていた記憶あある。
実は“ドラちゃん”という愛称は、ドラえもんに似ていることから誰かがそう呼びはじめたのだ。今のスレンダーなドラちゃんしか知らない客には想像もつかないことだろう。
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古い酒場はどこも造りが個性的だ。
例えば裏寺「辰巳」は表に立ち飲み客用に肘をつきやすい高めのカウンター、奥にはテーブル席。新京極「スタンド」はメインの長い大理石のカウンターいやテーブルか、が1本。その両側に客が座る。柳小路「静」はテーブル席と座敷がメイン。独りでの来店客が多いか、連れ立っての来店客が多いかで、店のあり方も変わるということだ。
たこ入道は少々いびつな馬蹄型と言えばいいのだろうか、厨房を囲むように設えられた長いカウンターだけだ。だから当然見知らぬ客同士が隣り合わせることも多い。だが、ものの数分もすれば一言交わし、二言交わし、席を立つ頃には旧知の仲のような顔つきになる。
「またここで会いましょう」などと笑顔で別れていくのだ。
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料理はカウンターの上にずらっと並べられた大鉢にたっぷり盛られている。席に着く前にカウンターをぐるっとまわり品定めをする客も少なくない。京風に言うと「おばんざい」がメインだ。昔から京都の庶民の食卓に欠かせない“おかず”の数々だ。
ぼくの場合頼むのは決まって、てっぱい(たこの饅)、卯の花(おから)、茄子の煮浸し。明石焼きが店の看板になっているが、ほとんど頼むことはない。
ビールはすべて大瓶。酒、焼酎、ウイスキー、酎ハイ、ほぼなんでもある。
ぼくはビールの大瓶を1本。その後芋焼酎の水割りに変える。水割りは、それはサービスのつもりなんだろうが、いつの間にかほぼロックになっている。
ないのは過剰なお愛想だけだ。ママはややぶっきらぼう、ドラちゃんはどちらかといえば無口なタイプ。にぎやかなのは客だけかもしれない。
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ぼくはここで飲む1杯の酒がたまらなく好きだし、この店の空気の中に身を置くと、ああ、京都に帰ってきたなという気分になれる。この店でいろんな人に出会うと、よそ行きの観光地京都ではなく、普段着の故郷に戻れたような気がして本当に安心できるのだ。
「おじさんが、帰りがけに少しばかり腰を据えて晩酌のできる店だ」
はじめて息子を連れて行った時、たこ入道のことをそう評した覚えがある。
「おじさん天国ということやね。おばさんも多いけど」
息子はそう言って笑った。
そんな店が少なくなったような気がする。そんなのは時代おくれなのだろうか……。
そう思うとちょっとさみしいな。
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酒に酔うより、人に会い話に酔う

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早い時間のバーが好きだ。
近頃では、バーの開店時間も遅くなった。鹿児島に限ったことかもしれないけれど、早くて6時半、遅いと8時、9時などという店も少なくない。
ぼくが酒の飲み方を覚えた京都のバーは、その昔午後4時に開店した。しかし、それでも待ち遠しくて4時前には店の前で開店を待つ紳士諸氏も大勢いた。開店するやいなや、マティーニなどの強い酒を2杯ほど空けて席を立つ。実にかっこうよかった。お腹が出ていようが、頭が禿げ上がっていようが、かっこうよかったのだ。そういう紳士諸氏にとってその店は、さっさと飲んで食事に出かけるなり、家に帰るなり、次に移行するための緩衝地帯だったような気がする。
「バーで酔っ払うのはみっともない」
その店のバーテンダーに耳にタコができるほど言われたことだ。
だが、鹿児島の場合、バーというのは、どちらかというとスナックやラウンジのように、腰を据えて飲み、酔うための場所なのだ。だから早くから店を開けていても客は来ないし、開店時間は当然のように遅くなっていく。
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夕方早くに時間が空くと、必ずのぞくバーがある。山之口本通りと二官橋通りの交差点にあるBar Arche(アルシュ)だ。路面店で、しかも通りに面した2面がガラス張りで、いかにも開放感のあるバーなのだ。建物の奥で息を潜めるように営業する他の多くのバーとは、雰囲気そのものが違う。そんなことを言うと、
「大人の隠れ家みたいでいいじゃないか」
と笑う友人もいるが、別に隠れて飲む必要もないじゃないかと胸の内でつぶやき返す。開店時間は午後6時。暖かい時分ならまだ日差しの残る時間だ。ぼくはそのカウンターで外の往来を眺めながら、小1時間バーテンダーと話すのが好きなのだ。
これといって難しい話はしない。今日は人通りが少ないねとか、いま通った女の子がかわいいねだとか、出勤途上のママさんの顔色が悪かったねとか……、まあそんなところだ。そうそう、バーテンダーが無類のクルマ好きなので、車の話題もいいね。
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そうこうしていると馴染みの客たちが現れる。馴染みだからといって、客同士でワイワイガヤガヤすることなどない。バーテンダーを挟んで、三角形の会話になる。それぞれが程よく距離を保って会話を楽しむのだ。だから女性ひとりでも安心して楽しめる。
自分だけが楽しそうに、声高に、常連ぶって、うるさい客は他の客にとっても、店にとっても面倒臭い。アレヤコレヤと酒や酒の飲み方について知識をひけらかすのも考えものだ。
とくに鹿児島の男は会話が下手だ。常に人の上に自分を置きたがるので、会話の入り口は否定になる。
「それは違う……」
枕詞のように、必ずと言っていいほどここから入る。これが酔っていると同じことを言うにも否定形をとるからややこしい。
「いいものはいい。悪いものは悪い」
「いや、違う! いいものもあれば悪いものもある」
とまあこんな感じだ。そういう客には近づかない方がいい。
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昨年末から、医者の勧めもあって、強い酒をやめた。
だけどぼくはいつものようにその店に通い、ノンアルコールのグラスを傾けながら会話に興じた。バーテンダーは面倒臭がらずに、オーダーに応じ、話の相手をしてくれた。馴染みの客たちも何も言わずに受け容れてくれた。それだけで、不思議なことだが、アルコールを体内に入れたときと同じようにいい気分になれた。
どうやらぼくは、酒に酔うより、人に会い話に酔う方が楽しいようだ。
さて、今夜も出かけることにしようか。
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時の流れに身をまかせ

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酒を飲みはじめた頃、スナックという言葉には、なにか近寄り難い響きがあった。大人の男の世界。そんな雰囲気が充満していた。
10坪ほどのカウンターだけの、しかも妙に薄暗い店内。テーブル席(ボックス席とよぶほどハイソな感じはない)は、あっても1卓か2卓。なぜかカウンターはデコラ張りで、色は赤か黒。カウンターの向こうには熟女が数人。客はたいがい1人か、多人数でも2、3人のグループ。酒はビールか安いウイスキー、あるいは焼酎。ブランデーやワインを飲む客などいなかった。お通しにはママの手料理の小鉢が。あるいは柿の種に代表される渇きもの。
興がのればカラオケで1曲うたう。1人がうたうと、次から次に切れ目なく歌が続く。中にはカウンターの中の熟女としんみり語る者もいる。酔いつぶれて眠り込んでしまう酔客も。そして、客はみんな「~ちゃん」とよばれるのだ。あるいは「~社長」「~先生」などと、うまく客を持ち上げる。
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バブルがピークを迎える直前、スナックとよばれる酒場は、日本全国どんな小さなまちにもあった。
しかし昭和が平成にかわり、バブル景気が終焉を迎えると、スナックは大きなまちの都心からは次第に姿を消し、いまや絶滅危惧種といってもいいかもしれない。取って代わって巷にはキャバクラなどという、そもそも得体の知れぬ店があふれている。あるいは、バーやラウンジなどという、スナックとどこが違うのだと首を傾げたくなるような店ばかりだ。
自ら「スナック」とうたう店は、地方のまちの盛り場でしか見かけなくなった。だから旅先などで「スナック○×△」などという看板を見つけると飛び込んでみるが、経営者も客も高齢化は否めない。スナックとは、まさに「昭和の遺産」だと言ってもいいだろう。
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種子島西之表市東町に昭和の雰囲気そのままのスナックがある。その名もスナック・レインボー。オープンしたのは平成になってからだがまさに懐かしい昭和が香る。
夜の闇に浮き上がる電飾看板は、店名とは真逆のモノトーンだ。入り口の照明には、「スナックレディ求む」のプレートがずっと掛けられたままになっている。スナックレディという呼び名もあまり聞かなくなったな、などと思いながらドアを開ける。
店に入るとカウンターの向こうで2体の招き猫が出迎えてくれる。テーブルも何卓かあるが、メインは円形の長いカウンターだ。10人は座れるだろうか。もちろん赤のデコラ張り。カウンターの中には熟女が2人。カラオケも完備。モニターも4台ある。
照明は暗く抑えられて……。もし明るかったら、壁などには数知れない男女のため息と紫煙がつくった染みが見えるかもしれない。しかし、すべてが澄みわたるように見えるというのは、なんとなく興ざめだ。こういう店はあらゆるところに漂う曖昧さがおもしろいのだ。まったく非の打ち所のない、典型的なスナックだ。
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種子島に渡ると、決まった友人と小体な居酒屋か料理屋で食事をすませ、その後この店に向かう。ほかにもたくさん店はある。若い女性を大勢揃えた店もある。おしゃれなバーや、ラウンジもある。だが、この店にそこはかと流れる時間は、真似しようとしてもできるものではない。スナックとしての歴史と言えば大げさかもしれないが、22年のキャリアが醸し出す空気なのだろう。
客の側にもそれなりの雰囲気がつきまとう。夫婦ではない熟年カップル。仕事の愚痴を言い合う勤め人2人組。テーブル席で何やらひそひそ話し込む背広姿の3人組。カウンターの向こうの熟女は、客とそれぞれの距離を保って過剰な接客はしない。客はそれぞれに酒を呑み、それぞれに話に興じる。そして時にうたう。プロの接客と大人の飲み手がつくり出す絶妙の〝間〟と言えばいいだろうか。
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これが若い女性が接客してくれる店なら、女性相手に適当に冗談でも言わないと〝間〟が持たない。まるで客が接待するかのようで、なんだか飲んだ気になれないのだ。
出張だという客と熟年スナックレディのカウンター越しの会話が耳に届いた。
「明日、3時起きなんだよねえ」と男。
「じゃあ、あんまり飲めないわね」と女。
「いやあ、大丈夫だよ」
「じゃあ、電話して起こしてあげましょうか」
「そう、じゃあ、そうしてもらおうかな」
そうして男と女は電話番号を交換する。
カウンター越しに初めて出会った男女の会話だ。
ただそれだけのことだが、スナックという〝場〟の空気が、そのまま会話の端々に〝染み〟をつける。
ただそれだけのことで時間は流れていくのだ。
時の流れに身をまかせ、ゆっくりと1日の終わりを楽しむ。
だからゆっくり落ち着きたい夜は、レインボーのカウンターをめざすのだ。