桜のような人

誰からも愛される人だった。いろんな人に出会うために、いろんなところに出かけることを厭わなかった。
息子さんも時間を惜しまず、労を惜しまず、おかあさんをあちこち連れて回った。ほんとうにおかあさんが喜びそうなありとあらゆる場所に。そうしてその喜びを素直にあらわす人だったという。笑顔と感謝を忘れない人と言えばいいだろうか。
息子さんの話だ。とある神社に行った時のことだ。参道の石段脇にミツバツツジがきれいに咲いていた。おかあさんは赤い手摺を握って、「一人で上がれますから」と1段ずつゆっくりゆっくりと上がっていく。そうして途中で足を止め休憩する。顔を上げるとちょうどそこにミツバツツジが咲いてた。
「オフクロの大好きな色やったんやね」息子さんは懐かしそうにふり返った。

その時おかあさんは、
「きれいに咲いてくれてありがとぉ〜!」
と笑顔でミツバツツジに話しかけていたそうだ。その神社はおかあさんが亡きおとうさんとふたりでよくお詣りに出かけた場所だそうだ。ミツバツツジに仲良く歩いた日を思い出したのかもしれない。
おかあさんと息子さんは、ライブにもよく出かけた。おかあさんは祈るような表情でじっくり歌を聴いていた。終わるとシンガーたちと一緒に写真を撮った。笑顔の写真だ。
おかあさんを支えていたのは、もちろん息子さんや家族だが、それだけではない。大勢の人も、風景も、思い出も、いろんなものがおかあさんを支えていた。そうして笑顔になれたのだ。だけど笑顔になっているのはおかあさんだけではない。一緒にいる人たちも笑顔になるのだ。
桜のような人だな、と思った。見ているだけで誰もが笑顔になるなんて。
人は人の力で笑顔になれるのだ。