コンコンチキチン コンチキチン
モニターの中で長刀鉾が全身を軋ませながら向きを変えた。大勢の男たちが綱を引き、囃子方がテンポの速いお囃しで煽り立てる。通り沿いのビルがどれだけ大きくなろうが、長刀鉾の存在感をしのぐものはない。
京都祇園祭の山鉾巡行が3年ぶりに戻ってきた。ああ、京都の夏が戻ってきたな。そんな思いで見つめていた。京都では山鉾巡行を境に夏が燃え上がる。そうしてその炎は五山の送り火とともにしずまりやがて秋を迎えるのだ。京都の人々にとって祇園祭や五山の送り火は、季節の風物詩ではなく暮らしの一部。ましてや観光イベントではない。祭りを担う人々にとってはもちろんだが、ひろく京都に住まう人々にとってもそうなのだ。
コンコンチキチン コンチキチン
まち中の小さな路地が思い浮かぶ。記憶の中の京都のまちは何も変わっていない。
新型コロナウイルスの感染拡大で、祇園祭も様々な行事が中止になったり縮小したりしたが、神事だけは粛々と執り行われてきた。しかし、コロナ禍もひと段落ということだろう、感染拡大防止に腐心し厳重な警戒のもとでの挙行ということで、3年ぶりに山鉾巡行も神輿渡御も復活した。ようやく通常の形に戻ったように見えたが、まだまだ本来の形には戻っていないそうだ。
こんな話を聞いた。京都、裏寺のとある酒場でのことだ。
コンコンチキチン コンチキチン
東京から訪れたという酔客が声高に祇園祭を語る。東京から祇園祭を見にきたのだという。毎年きていたのだが、この3年間はさみしい思いをしていたと。
「やっぱり賑やかでなくちゃ、祇園祭は。観光も廃れちゃうでしょ。そうなりゃあ京都も終わりだ」
たしかに祇園祭は大きな観光資源のひとつに間違いない。しかし観光イベントではないのだ。祇園祭の由来はおよそ1,100年前、平安時代に京都で流行した疫病を鎮めるため、神泉苑にて66本の矛をつくり疫病の退散を祈願したのが始まりだという。疫病退散が目的だったのだ。それが今や観光イベントのように受けとめられている。そして人出=経済として見られるのだ。誰もが口を揃えて言う。「経済を回さないと」と。
コンコンチキチン コンチキチン
僕は経済なんてどうでもいいと思う。それは祇園祭が観光資源で経済だと言う人が、しっかり儲けてくれたらいいことだ。でも、祇園祭は観光がダメになって、経済がダメになって、京都が廃れたってなくなりはしない。それは京都の人々にとって文化であり、伝統であり、暮らしの一部なのだ。1100年の歴史がそのことを物語っている。
日本全国どこの祭りだってそうだろう。地元の人が地元の平穏と幸せのために祈りを捧げる。何人、何万人集まろうが、関係ない。賑やかなほうがいいに決まってるけど、経済なんてどうでもいいのだ。伝えられたようなやり方で、祈りを捧げることが大切なのだ。
経済なんてどうでもいい。僕は京都が好きなだけなのだ。そんなことを思いながらモニターに見入っていた。
写真は2点とも金久まひる撮影
〈揺れて歩くニュース vol.57〉より
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