「豊かなんだよ、この海は」

薩摩川内市久見崎町は川内川河口にある集落で、しらす漁で有名な漁港のまちでもある。しらすは春と秋が旬で、特に秋は脂がのってうまいそうだ。だから秋には必ず出かけてしらす丼を食べる。
浜近くのしらすの加工場からは湯気がもうもうと立ち上がっている。しらすを釜で茹でているのだ。港から運ばれたしらすは、エソなどの魚をとりのぞき瞬間釜茹でされる茹であがると乾燥機で水気を飛ばし、さらに天日で干すのだ。
旬の時期になると河口一帯はたくさんの干し台の上でいっせいに作業がはじまる。周辺には猫たちもおこぼれに預かろうと集まってくる。
いちばんの名人だというおばちゃんがいた。

「満遍なくきれいに撒くのが難しいんだよ」手を休めることなく話してくれた。「ほれ、きれいだろ」
干し台の上は、またたく間に雪が降ったようにしらすがひろがっていく。何年この仕事をやっているのかとたずねた。
「50年近くだよ。今年はちょっと獲れ高が少ないな、質は悪くないけどな」
そんな会話をしながら繰り返される作業に見入っていた。
「ほんのりと塩味がして、とっても柔らかいよ! くらでも食べられよ!」
久見崎のしらすを求めて、あるいは食べに、県内外から多くの人が訪れる。おばちゃんはそう言った胸を張った。
「豊かなんだよ、この海は」
たしかにそうだ。この海は豊かなのだ。そして甑島をかすめて沈んでいく夕陽は美しい。豊かで美しい海なのだ。
だけど、ここは原発のある海でもある。

#海の形