バランスのいい人生

酒をやめたわけではないが、もうふた月ほど特別な日をのぞいて飲んでいない。当然のことだが、晩飯にあてる時間が短くなる。というより、うどんとかパスタ、時にはおにぎりやパンなどで簡単にすませるようになった。朝や昼にそれを補うような食事を摂るわけでもない。当たり前のように栄養不足になる。

今朝から妙にフラフラして、少々目眩がする。フラフラするならいつものことなのだが、今日はどうも様子が違う。動きが鈍く、椅子から立ち上がるだけでもフラつくあり様だ。そばで見ていたものも心配するので、病院に向かった。貧血の症状だということで、血液検査をする。案の定血液の比重が軽いと。
「貧血ですね」
医者はふっと小さく笑った。
食事の話になった。酒を飲まなくなったと、件の話をした。

「あなたの場合は、お酒を飲みながらタンパク質や脂質を摂っていたのでしょうね。チーズとかハムとか、おつまみもいろいろ摂っていたのでしょう。それがほぼなくなっちゃったわけだから……」
「酒をやめちゃダメだったんですねえ」
「いえいえ、そうは言っていません」医者は苦笑いをした。「何事もバランスだということです。バランスのいい食事を心がけてください」
「……」

バランスのいい、か……。いちばん苦手なところだな。
バランスを取るにも、酒が必要だなんて。第一バランスが悪いというなら人生、そう生き方のバランスが、そもそも悪いのだ。そこを治さなきゃなんともならないな。そう思いながらも懐かしい居酒屋のカウンターが思い浮かんだ。
「バランスだなんて、そんなこと考えるだけ無駄か……」
忘れかけていた無頼の血が、身体の奥底で騒いでいるような気がした。

西駅豚太郎

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