9月に写真展、ほんとうにやるようです。


9月に写真展、ほんとうにやるようです。
またまた忙しい残暑になりそうです。
詳細は決まり次第ご案内いたします。
以下はBOSS清水のつぶやきです。

=====

2年前の投稿だ。この直後にミューちゃんは逝った。
9月の写真展には彼の凛々しい姿も見てもらおうと思う。

ミューちゃんは雄だ。が、昔の飼い主に去勢されたそうだ。タマタマを取られたのだ。とんでもなく好戦的で、他の猫の気配がすると飛んでいき、闘う。その姿勢には“男”を感じるのだが、その実闘いにはどうしようもなく弱いのだ。四六時中傷だらけ、泥だらけ。その傷も半端じゃなく、引っ搔き傷どころか、肉がえぐり取られていたこともまれではない。
ミューちゃんは雄だ。孤高の雄だ。人間には馴染まない。相手が誰であれ、“ふーっ”と威嚇する。目の前で腹を見せてゴロゴロしていても、“ふーっ”と威嚇する。雨が降ろうが雪が降ろうが、人に媚びず“独立”を守り通している。誰かに蚤取りの首輪をつけられたようだが、“独立”を守り通している。
ミューちゃんは雄だ。喧嘩早くて、独りぼっちで、やせ我慢で、汚くて、傷ついて、弱っちくって、ボロボロの、雄だ。ぼくはそんな姿に生きていく“力”と“意地”を感じる。憧れてさえいるのだ。
ミューちゃんは、どんくさいけど、ぼくのヒーローなんだ。

「清水哲男のニュースな酒場」vol.4は、7月27日(木)

【お知らせ】
KTSみんなのニュース「清水哲男のニュースな酒場」vol.4は、7月27日(木)18:30前後の放送予定です。
今回は鉄板焼き居酒屋「逹(たつ)」さんの鉄板の前からの放送です。どうぞお楽しみに。おっとっと、鹿児島ローカルですw

「それは残念やなあ」ってw

KTSみんなのニュース「清水哲男のニュースな酒場」3回目を迎えました。2回目までは女性キャスターが相手でしたが、今回は男性キャスターに。清水のテンションも少々下がり気味。こうなったら飲むしかないって感じです。で、ほんとに飲みまくってます。これって夕方のニュース枠で流していいんでしょうかねw

「羅漢  The street rakan」

秋に予定している写真展のタイトルをほぼ固めた。
これまでずっと撮り続けてきた blues、そう野良猫たちの肖像だ。すべてを超越したかのような彼らを、ぼくは表向き「blues」と呼び、内心では「羅漢」と崇めていた部分もあった。他の人の目にはどう映るかを知りたい、と思ったのがこの写真展をやろうと決めたいちばんの動機だ。

「羅漢  The street rakan」

フレームはどうするか……。そう考えた時、彼らの住環境に近い状況で見られるようにするのがいいかなっと思った。で、事務所は今あちこちで拾ってきたダンボールであふれている。

靴の空き箱でつくった厨子。釈迦三尊像に見立てる。
中央は釈迦如来、右に文殊菩薩、左に普賢菩薩…….
折り畳んで持ち運び可w

ダンボールでフレームを試作。箱の底に張り付いた親子。

ということで、散々な週末です。

いや、まいった。
夜中に激しく咳き込んだ。年なんだろうなあ、最近咳き込むことが多い。こういう場合、胸を張って、そっくり返って咳き込むということはまずない。前かがになって、腹筋に力を入れて……。
咳き込んですぐだった。腰のあたりに妙な感覚が走った。痛みではない、なんとなく上半身がズレるような。しまった!と思ったが遅かった。ぼくのからだはそのまま固まってしまった。しばらくそのままの体勢を保ち、息を整うのを待ち、ゆっくりからだを伸ばして見た。やはり……。腰に激痛が走った。ああ、ぎっくり腰だ(汗
なんだかんだと予定がつまり、痛みが取れるまでゆっくり養生しているなどという場合ではない。朝一番にタクシーを呼び整形外科へ。しかし……。
「太りすぎですね、仕方がない、痛み止めと湿布を出しておきますから、しばらく様子を見ましょう」
あのなあ、俺は忙しっつーの、だから病院にきたんだよ! 心の中で絶叫するも、「太りすぎです」という殺し文句にぐうの音も出ない。
ということで、散々な週末です。

少々不安ではある……。

見渡せばはなももみぢもなかりけり浦のとまやの秋のゆふぐれ

これは新古今和歌集に収められた藤原定家の有名な歌だ。ここから店名をつけた「とまや」という小料理屋がある。店主の大脇孝一郎さんは料理の修業をしてきたというから小料理屋と言っていいだろう。彼は種子島の出身なので、かどうかはわからないが、うまい魚を食わせてくれる。昨夜もトッピー(トビウオ)の一夜干しをさっと炙って出してくれた。鹿児島のど真ん中にありながら、日本酒をうまく飲ませてくれる数少ない店のひとつだ。そういうことをよく知っている常連客で賑わう侮れない店だ。

5月の「ニュースな居酒屋」はここで収録をする。放送は25日(木)の18時30分前後だ。話よりも酒に傾きそうな気がして、少々不安ではある……。

Love & Peace!

取り立てて語るべきことのない日だった。1年に数日こんな日がある。これは休息をしなさいということなのかもしれないな。そう決め込んでダラダラした。が、こんな日はビールもうまくないな。平穏で静かでビールがうまくない日だ。でも英語では”peaceful”って言うんだね。こんなふうに1年中、peacefulでbeautifulな日が続けばいいな。

北朝鮮の人たちは大変だろうな。きっと”peaceful”なんて感覚、わからないだろうねえ。それに合わせて緊張を高めてる人たちも大変だ。ぼくは「能天気だな、ミサイルが降ってきたらどうするんだ」って言われるかもしれないけれど、ゆっくりのんびり生きていくよ。

Love & Peace!

激しく降る雨を眺めながら

昨日から今朝にかけて、鹿児島は激しい雷雨に見舞われた。JRのダイヤが乱れ家に帰り着くのに大変だったとか、浸水などの被害に会われた方がおられたかもしれない。

自然災害というのは、実際に被害にあったかどうか、あるいはどの程度の被害を受けたかだ、記憶に残る大きさ、深さは違う。たとえば鹿児島の人に身近な自然災害はと聞くと、「平成5年の8月豪雨」ということになるだろうか。姶良の人は8.1水害、鹿児島市内の人は8.6水害ということなんだろ。近所のお母さんたちも鹿児島市に大雨洪水警報が出ると、「8.6(はちろく)水害のようにならなければいいけど……」とよく口にする。
「おそらくそれは、その災害が身近だったということだろうなあ」
隣の酔客がテレビを見上げながらつぶやいた。

身近ってどういうことなんだろうと考えてみる。自分の手の届く範囲、目で見て実体験できる範囲……。う〜〜む。反対に考えてみる。「身近な災害」の反対は「縁遠い災害」? 「疎遠な災害」? う〜〜む、いずれにしても縁遠い災害とか疎遠な災害とか、そんなもんあるのかと思う。ということは、実は「身近な災害」などというものはない、つまり、災害に身近もクソもないということだ。災害はどこで起こっても災害だし、誰が被害を受けようとも被害なのだ。決して他人事ではないのだ。

自分に問いかける。これまでどれほどの自然災害を目の当たりにしてきたか。どれほどの人為的な災害、事件を経験してきたか。その度に言われてきた「決して忘れてはならない」という言葉は本当だったのかどうか、と。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる、だ」
再び酔客がつぶやく。何が、誰の喉元を過ぎたというのだろう。最初から他人事じゃないのか。そう。災害被害や事件被害に、身近だとかなんだとか言うのは、最初から他人事だということだ。

何もかも他人事にして、災害避難者を差別したり、いじめたり……。
福島からの避難者が、誰に迷惑をかけているというのだろう。帰らないのは自己責任だって。いちばん迷惑を被ったのは、暮らしたいまちで暮らせない彼らじゃないのかな。想像してみたらいいよ。自分のまちからいちばん近くにある原発が事故を起こしたらどうなるか。それでも自己責任でそのまちに居続けられるなら、あなたはそこにいればいい。でもこれは特別な地域の話じゃないよ。日本本土どこに住んでいても福島と同じリスクを背負っているんだ。って、実は福島は身近な問題なんだよ。自分は関係ないと思っているあなたが、結果的に災害の被害を大きくするのだ。

激しく降る雨を眺めながらそんなことを考えた。